【Op.BLACK】悲愴ソナタ
オランダへの留学が決まり、一番最初に恩師から課題として提案された曲がベートーヴェンのピアノソナタ 「悲愴」でした。
恩師はベートーヴェンを敬愛しており、"本来の美しさ"をどこまでも追求されていました。
そのため初めてのレッスンでは、1楽章のたった2小節しか指導して頂けず、「ちがう!ちがう!」と言われ、ひぃぃぃと怯えながら受講したことも、今では良い思い出です。
ベートーヴェンより前の時代では、クラシック音楽は主に教会で演奏され、人から神に捧げるものとして奏でられていました。
そのため、一個人の感情を表現する事はある意味ご法度とされていました。
その様な時代の中、音楽に積極的に感情を込めるよう革命を起こした作曲家の1人がベートーヴェンです。
このソナタが作曲された時代、ベートーヴェンはピアノ即興演奏の名手として名声を博し、演奏作曲家としてウィーンで活動をしていましたが、ベートーヴェンの心には焦りが渦巻いていました。
人知れず、耳の病を抱えていたのです。
後に友人に宛てた手紙で、難聴を患っていたことがわかります。
"自分にとって大切な部分が衰えてきた。
素晴らしい耳を持っていると思われている私が、話し相手に聞こえにくいからもう少し大きな声で話してほしい、と頼むのはあまりにも恥ずかしくてできない。"
音楽室に飾られる有名な自画像から連想されるベートーヴェンの性格は、怒りん坊で癇癪持ち、短気で頑固、偏屈でケチ………言い過ぎでしょうか。
そんな彼の額に描かれた眉間の皺は、ただ気難しい性格によって刻まれたものではなく、彼に襲いかかった苦悩や試練を乗り越える選択をしてきた証、なのかもしれません。
悲しい運命を突きつけられ、拒み、受け入れ、希望を見出し、逆境に負けずに突き進む……密度の濃い音楽をたのしんで頂きたいと思います。