お腹の中のちょうちょ

ピアニスト田坂麻木の音楽と関係あったりなかったりな日々の記録

【Op.BLACK】悲愴ソナタ

○L.ベートーヴェン ピアノソナタ 第8番「悲愴」

 

オランダへの留学が決まり、一番最初に恩師から課題として提案された曲がベートーヴェンピアノソナタ 「悲愴」でした。


恩師はベートーヴェンを敬愛しており、"本来の美しさ"をどこまでも追求されていました。

そのため初めてのレッスンでは、1楽章のたった2小節しか指導して頂けず、「ちがう!ちがう!」と言われ、ひぃぃぃと怯えながら受講したことも、今では良い思い出です。


ベートーヴェンより前の時代では、クラシック音楽は主に教会で演奏され、人から神に捧げるものとして奏でられていました。

そのため、一個人の感情を表現する事はある意味ご法度とされていました。

その様な時代の中、音楽に積極的に感情を込めるよう革命を起こした作曲家の1人がベートーヴェンです。


このソナタが作曲された時代、ベートーヴェンはピアノ即興演奏の名手として名声を博し、演奏作曲家としてウィーンで活動をしていましたが、ベートーヴェンの心には焦りが渦巻いていました。

人知れず、耳の病を抱えていたのです。

後に友人に宛てた手紙で、難聴を患っていたことがわかります。


"自分にとって大切な部分が衰えてきた。

素晴らしい耳を持っていると思われている私が、話し相手に聞こえにくいからもう少し大きな声で話してほしい、と頼むのはあまりにも恥ずかしくてできない。"

 

音楽室に飾られる有名な自画像から連想されるベートーヴェンの性格は、怒りん坊で癇癪持ち、短気で頑固、偏屈でケチ………言い過ぎでしょうか。

そんな彼の額に描かれた眉間の皺は、ただ気難しい性格によって刻まれたものではなく、彼に襲いかかった苦悩や試練を乗り越える選択をしてきた証、なのかもしれません。


悲しい運命を突きつけられ、拒み、受け入れ、希望を見出し、逆境に負けずに突き進む……密度の濃い音楽をたのしんで頂きたいと思います。