お腹の中のちょうちょ

ピアニスト田坂麻木の音楽と関係あったりなかったりな日々の記録

ピアノ教室Vleugel

 

この春から新生活をスタートさせた皆さん、

おめでとうございます☺︎

6年間住んでいたオランダでは

夏休みが終わり秋の灰色の空に移り変わる

9月に新年度を迎えるので、

この桜や新芽が爽やかに風にそよぐ4月に

背中を押されながらはじめの一歩を踏み出すのは

とても懐かしく清々しい気持ちです。

 

新しい生活がはじまるとき、

ワクワクドキドキしますよね。

どんなお友達と出会うんだろう、

どんな事が待っているんだろう、

上手くやっていけるかな、、、。

 

大人になった今も、

きっとこれから先いつだって

はじめの一歩を踏み出す時は

緊張と不安でいっぱいだと思います。

 

1月に開講したピアノ教室Vleugel。

新しい生徒さんにお会いする度にドキドキします。

ピアノを好きになってもらえるかな、

ピアノの魅力を伝えきれるかな、

一緒に音楽を楽しみたい!

 

教室の名前であるVleugel-フリューゲル-は

オランダ語で『大きな翼』という意味です。

そして大きな翼に見えることから

グランドピアノの事を指します。

 

現在一緒にピアノを学んでいる生徒さん、

これから出会う方々、そして私自身、

自分だけの大きな翼で

悠々自適に空を飛んでいけるように、

という想いを込めて名付けました。

 

鳥は飛び立つためには練習が必要で、

長い距離を飛ぶには羽休めをする事も大切です。

 

ピアノも一緒です☺︎

演奏を楽しむ為には練習は必要不可欠で、

自分のペースを掴んでいくことが

ステキな音楽生活を送れる鍵になると思っています。

 

さあ、一緒にたくさんの音楽と触れ合っていきましょう!

 

田坂麻木

______________

 

田坂麻木ピアニスト LINE@を始めました!

今後の演奏会出演予定、ブログ更新などを

お知らせさせて頂きます☺︎

下記のQRコードからご登録頂けます!

f:id:tasakamaki:20180404203333j:image

 

⚠︎こちらのLINEは送信専用なので、メッセージを受け取る事ができません。ご質問等はHPのContact欄からお問い合わせいただけますようよろしくお願い致します。(www.tasakamaki.com)

 

 

保育見学

 

1月から開講したピアノ教室も

おかげさまで小さな生徒さんから

大人の方まで体験レッスンにお越しいただき

新しい風が吹く日々を過ごしております。

 

留学していた音楽院では教育学の一環で5歳から15歳までの子供達のレッスンを受け持っていました。

また学校が主催している幼児のための音楽教室にもときどき見学に行き、子供達と先生のやり取りを勉強していました。

その当時、"海外の子供たちはなんて自発的なのだろう…!"と驚きました。

先生の問いかけには子供たち全員が手を挙げ、

新しい課題に躊躇なくチャレンジして行く姿は

私が想像している日本人の子供たちとは

大きく違って見えました。

 

が…。

今の子供たちは

どうやら違うようです…!

 

日本に完全帰国しピアノ教室を開講するにあたって、

音楽の知識やピアノの技術だけではなく

"今の日本の幼児教育の現場"をこの目で見ることがとても重要だと思いました。

その旨を卒園後もずっと応援してくださっている幼稚園の園長先生と当時の担任の先生にお伝えすると快く見学を承諾してくださいました。

 

f:id:tasakamaki:20180309225525j:image

そして今日、20年ぶりに園内の講堂へ!

当時は広く見えた講堂も今の私に小さく見え、

感慨深い気持ちになりました。

音楽保育を担当される先生とお話させて頂き、

とっても温かく迎え入れて下さいました。

 

内容は主に就学前の子供たちに、

これから小学校で待っている新しい生活を

より楽しむためのサポートを

音楽を通してお伝えしていらっしゃいました。

 

その授業の中での子供たちは

海外で出会った子供達と何にも変わりません。

積極的で、臆することなく質問し、

思った事や考えを先生にはっきり伝える。

 

その姿勢には日本人も外国人も

差はありませんでした。

20年も経つと、変わるのですね!

カルチャーショックに似た衝撃を受けました。

 

純真無垢な子供たちを目の前にすると

固定概念無く一人一人と対面する事の大切さを学びました。

と同時に教える立場になった今、

改めて責任感も感じました。

 

日本にいるからこそできること・感じられること・

伸ばせる事を音楽を通して一緒に生徒さんたちと経験していけるようなレッスンを目指し、また試行錯誤して参ります!

 

-----

ピアノ教室Vleugel フリューゲル

最寄り:小田急栗平

体験レッスン随時受付中です

詳しくはこちらをご覧下さい☺︎

https://www.tasakamaki.com/lesson

 

田坂麻木

 

 

 

 

 

 

試弾

 

ご無沙汰しております。

あっという間に3月になり、

梅や桃のやわらかい香りが漂う季節がやってきました。

6年ぶりの日本の春に心踊る日々です☺︎

 

さて、今日は今秋のリサイタルに向けて

ホールのピアノを試弾して参りました!

 

過去4回のリサイタルでは

オーストリアのピアノメーカーである

ベーゼンドルファーと縁があり、

彼らの音と共にリサイタルを作り上げてきました。

 

そして今秋、5回目を迎えるリサイタルでは

プログラムの内容を含め

色々な角度から考えたときに

『どうしてもスタインウェイのフルコンで弾きたい…!』という思いが強くなり、

条件に見合うホールを探し始め

やっと巡り合えたのが大泉学園ゆめりあホールでした。

 

f:id:tasakamaki:20180307203054j:image

 

今日はそのピアノと初対面。

ピアニストは本番で

自分の楽器を使用することできないので

ホールに置かれているピアノとどう仲良くなるか、

ということがとても大切です。

 

自宅のピアノもお世話になっている調律師さんの上田さんも早朝から駆けつけてくださり、

音色や響き、ピアノの位置などについて

貴重なご意見を伺いました。

 

f:id:tasakamaki:20180307203023j:image

 

ピアノも生き物です。

きっと少しは距離が縮んだはず。

当日は皆さんにフルコンの音色を

楽しんで頂けますように!

f:id:tasakamaki:20180307203120j:image

 

前回ご好評頂いた音のパレットシリーズ第二弾。

今回は赤を予定しています。

赤のものを纏って、

会場でお会いできるのを楽しみにしております!

 

田坂麻木

ピアノリサイタル Opus. 赤

2018年10月13日(土) 19時開演予定

大泉学園ゆめりあホール

 

 

 

 

 

 

 

 

帰国記念リサイタル

 

先週の土曜日に、師走にも関わらず大勢のお客様に見守られる中、無事に帰国記念リサイタルを開催する事ができました。

そしてリサイタルが終わると同時に、私の留学生活も6年の幕を閉じました。

 

 f:id:tasakamaki:20171217204438j:image

 

今回はアンケートも実施したくさんの方々がご回答してくださったので、終演後、朝4時まで有り難く読ませて頂きました。
プログラムの内容や、次回へのご希望など生の声を聞かせてくださりありがとうございました。この場をお借りしてお礼申し上げます!

 

新年にはピアノ教室開講、デュオコンサートなど新たな幕開けが待っております。そして、違う音楽の世界の活動も…!年明けに皆様にご報告させて頂きます😌


今年は大学院を卒業し、オランダとお別れし、日本に帰ってくるという感慨深い1年でした。そして皆様の応援に支えられ来年に向けての新たなスタートを切り、今からワクワクしております!

 

 

本年も大変お世話になりました。
どうぞ素敵なクリスマスを、
そしてよいお年をお迎えください☺︎


田坂麻木

 

 

プログラムノート④III ショパン/ポロネーズ 第5番 op.44

 

みなさん、こんばんは!

リサイタルまで1週間をきりました。

プログラムノートも今回が最終回です。

今日はショパン ポロネーズ 第5番 op.44について。

 

ポロネーズには、

英雄・幻想・軍隊と愛称のある曲が多く、

この5番にも付いています。

英語で、

Tragic=悲劇

という意味の愛称があるのですが、

あまり日本では馴染みがないようです。

 

1839年から46年まで、ショパンはフランスのノアンにある恋人ジョルジュ・サンドの館で多くの時間を過ごしていました。パリの喧噪を離れ、創作活動に集中するためです。そして、1841年に完成したこのポロネーズは、ノアンで生まれた重要な作品の1つです。
ショパンはこの作品において、ポロネーズマズルカという2つのポーランドの精神を象徴する主要な舞曲を統合するという試みに出ます。

いつだつてショパンポーランドへの想いが絶えることはなく、この時期に友人に宛てた手紙のなかでも「ポーランドに帰れることがあるだろうか」と述べています。

 

 

 左の伴奏がポロネーズのリズムを正確に刻み、
その上で右が悲痛に訴えかけるように歌い続けるポロネーズで始まり、音楽隊がどこからかやってきて目の前を過ぎまた遠くへ歩んで行くマーチを経て、望郷の念を抱きながら穏やかな日々を思い出すように優しく歌うマズルカへ。それでも現実は厳しく…。

 

弾いている私自身、胸に込み上げるものがあるこのドラマチックなポロネーズ

実は卒業試験のプログラムの最後の曲でもありました。

6年間お世話になった音楽院のホールにあったピアノとのお別れの曲でもあり、新しい楽章の始まりの曲でもあり…。これまでのピアノ人生の中で掛け替えのない一曲となりました。

 

 

今日まで綴ってきた楽曲たちを

9日のリサイタルで皆様と共有できます事を

心より楽しみにしております。

 

田坂麻木

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽

Eチケットの購入サイトは12月7日(木)をもってクローズされますので購入のご予定がある方はお早めにご利用頂きますよう宜しくお願い致します。

こちらから http://bit.ly/2euA7Gg

▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

プログラムノート④-II ショパン/前奏曲15番 「雨だれ」

こんばんは。

リサイタルまであと2週間!

プログラムノートも残すところあと2回となりました。

 

今回は先週に引き続きショパンの楽曲、

彼の作品の中でもよく耳にする「雨だれ」について。

 

この曲は全24曲からなる前奏曲op.28に収録されています。ショパンが尊敬していたバッハ平均律クラヴィーア曲集から大きな影響を受けたと言われており、平均律における24の全ての調性を用いて書かれています。

  

その曲集の中の第15番である雨だれ。

タイトルはショパン本人が命名したわけではありません。

 

この曲集を手掛けていた時、ショパンは恋人である女流作家のジョルジュ・サンドと地中海に浮かぶマヨルカ島に居ました。10月末、長雨が降り続けるある大嵐の日、もともと病弱であるショパンはお買い物に出かけた彼女の帰りを冷たい部屋で独り待ちます。自分に襲いかかる死の恐怖と孤独を抱えながら…。

"雨だれ"という題名はそんなショパンがピアノを弾いている音と、軒下からしたたり落ちる雨音とが微妙に調和していた、とサンドが書き記していることから生まれた通称…という説もあります。

 

そして、この曲の素晴らしいトリックは、

ABAという三部形式で成り立つ曲中で鳴り響く雨音が同じ音なのです。A部は、柔らかい陽の光が差し込む穏やかな雰囲気に対し、B部は死の淵で絶望に苛まれるショパンの悲痛な想いが聴こえてくるようです。この相対する2つのパートで鳴り響く雨の音は全く同じ音。ショパンの楽譜にはAからBに入る導入部分を何度も書き直した跡があるので、彼自身も悩みながらもがきながら書いたのではないでしょうか。

 

 

 

さて、次回はついに最終回!

 

 

 

 

 

プログラムノート④-I ショパン/ノクターン 遺作 嬰ハ短調

 

こんばんは。

11月も残りわずかとなり、

リサイタルの本番が近づいてまいりました!

今日から3週に分けて、当日お届けするショパンの作品のついてブログを綴っていきたいと思います。

 

今回はノクターン 遺作 嬰ハ短調について。

1830年ごろ(当時20歳前後)ショパンが作曲したこの曲を捧げた相手は大好きな姉のルドヴィカでした。

 

ルドヴィカがピアノ協奏曲第2番短調を練習する時のための曲として書かれた、という説があります。
確かにピアノ協奏曲第2番にはこの遺作との共通点が所々に見られるのですが、このノクターンを練習用に使う…? 調も違い、歌い回しも違うので、果たして本当に練習用として献呈されたかは定かではありません。

 

もともとノクターンとして書かれた曲ではなく、

ルドヴィカがショパンの死後、彼の未出版作品のカタログを作った際に「夜想曲(ノクターン)風のレント(Lento w rodzaju Nokturna)」と記したことから、ノクターンに分類されることになりました。

 

 

 

1830年ショパンがこのノクターンを作曲したウィーンに到着したのは11月。

彼の故郷ワルシャワでは11月29日に、一部の士官候補生達がロシアの支配に反抗し、コンスタンチン大公を暗殺しようとする事件が起こります。

それをきっかけに両国は緊張状態に入り、ポーランドとロシアの間で本格的に戦争が起こる気配が漂い始めました。

 

大好きな故郷にいる愛すべき家族、友人達がいったいどんな危険にさらされてしまうのか…

不安に駆られ、祖国の平和を想い、家族の安否を願い…。

そんな中で書かれたこのノクターン

同時期に作曲された歌曲《願い》の中にある一節に

 

…もしも私がこの木立の小鳥なら、
 他のどんな場所でも歌わないわ、
 湖のためでも、森のためでもなく、
 だけどいつまでも永遠に、
 貴方の窓辺で、ただ貴方のためだけに……

 

と、あります。

小鳥になってすぐ家族の元へ飛んでいき、

自身が作曲した美しい音楽を届けたい、と想っていたのではないでしょうか。

 

このノクターンは胸を切るような物悲しいメロディーを切々と歌い続けますが、最後は明るい和音で終わります。

祖国と家族への愛。

どんな悲しみにくれようともその二つへの想いは変わらず心にいつも持ち続けていたのかもしれません。